月夜見
 “鬼も逃げ出す?”

     *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
こちら、グランドジパングは、
日之本の幕府からもさほど遠くはない辺りに位置しており。
寒すぎず暑すぎない、どちらかといや温暖な気候の土地なせいか、
家の軒まで雪が降り積もるという風景にはさすがに縁がない。
その軒先へつららが降りるというのも、

 「そうさな。
  薪が十分ないようなら、見られるのかも知れねぇよな。」

でも、やっぱりそうまで寒くはないけどなと、
昼餉の定食を平らげ、
食後のお茶をまったりとすすっていた長鼻の下っ引きさんが
そんな感慨を口にしたのは。
南の方から早くも菜の花が市場に来ていたよという話から転じて、
けどまだ北の方じゃあ雪が深いんだそうなと
トナカイドクターさんがしみじみと口にしたからで。
彼はどっちかといや北領の出身なので、
暑さに弱いのとの相殺か、寒さにもすこぶる強いし、
このご城下は冬も冬とは思えぬほどだぞと、
そんな言い方をしたものだから。
そりゃあお前、此処はずんと南の土地だものと
下っ引きさんが言い返したというワケで。
だがだが、

 「おや。だがなぁ、お前さんよ。」

その菜の花を使った和えものを早々と堪能しに来ておいでだった、
ウソップやルフィ親分の住まう長屋の裏手、
小粋な寮にお住まいのご隠居が、もの申すと口を挟んで来なさって。

 「ツララというのはな、
  雪でも霜でも一旦溶けたのが滴ってる中、
  じわじわ凍って出来るんだ。」

 「ふ〜ん?」

それがどうしたんだいと、
まだピンと来なかったらしいウソップの生返事へ、

 「馬鹿だな、ウソップ。ご隠居が言いたいのはだ。」

昼飯をとりに来た客が一段落して、
煙管を片手にたばこ休憩中だった板前さんが、
おいおいと巻いた眉尻を下げての苦笑をし、

 「一度でも家ン中が暖まらねぇとツララは下がらんというこった。」
 「あ………。」

今現在は火の気がないから
そんなものが降りているということかもしれないが、
薪にまったく縁のないほどの家じゃあ、却ってツララは下がらないと。

 「そっかあ、そこまでは気が回らなかったぜ。」

やっぱ寒さに縁のない恵まれたトコなんだ、此処はと、
素直に後ろ頭を掻いたお兄さんだったのへ、
居合わせた皆さんでほのぼの笑っておいでだった
一膳飯屋の“かざぐるま”だったりし。




  一方、その頃………


 「そうですね、寒いと動くのが億劫になりますから。
  病も拾いやすくなりますかねぇ。」

体の節々が堅くなったり、
食べるものが偏ってのこと、肌が乾いてしまったり。

 「それって、風呂に入ってもダメなんか?」
 「効果はありますが、一時的なものですね。」

やっぱりじっとしていて、
しかも米と塩や限られたものだけしか食さないと、
どうしても弱ってしまいますよと。
日ごろはお顔を隠しておいでの大きな面套(ますく)を顎の下へ下げ、
骨張った手で抱えた湯飲みから香ばしいお茶をすすっているのは、
ここ、ジパング療養所の見習い医師である、ブルックさんで。

 「そうかといや、この国だと
  風に乗ってやって来る病の素が乾いた空気に助けられて、
  あっと言う間に人々の間に広まったりもしますしね。」

 「あ、それはチョッパーも言ってた。」

目には見えないほどの、
でもでも凄げぇおっかないのが手についてることがあるから、
水が冷たいなんて駄々こねないで、しっかり手洗いしろって、と。
大きなドングリ眸をますますのこと見開いて、

 「そか、やっぱりせんせえってだけのことはあるよなぁ。」
 「どこの何へ感心してますか。」

あんまり幼くて愛らしい容姿なので、ついつい子供扱いしているが、
やっぱ大したせんせえなんだなと言いたいか。
自分だって見栄えはまだまだ幼い方の親分さん。
大したもんだ、ふえぇ〜っと、やたらと感嘆しておいで。
そんな彼ではあったが、

 “親分さんこそ、その若さで大したもんじゃあないですか。”

大先生が診察中の患者さんは、この親分さんがついさっき運び込んだ急患で。

 『てぇへんだっ、せんせえっ!』

いつも見回りで通るご町内の辻角の家。
さして大きい家ではないが、
それでも今日みたいないい日和の日は
ご隠居さんが表へ出て来て、
霜よけに引っ込めていた植木の小鉢を棚へと並べる。
それが、昼前の二巡目になってもそういう様子がないばかりか、
軒先にツララが下がっていたので、
このご城下でこれということは…今日はまだ火も焚いてないなと察せられ。
大慌てで大戸を蹴破って中へと飛び込み、
冷えきった寝床でぜいぜいという息をしていたご隠居を、
掻い巻きでくるんでの担ぎ出し、此処へと運んだ親分さん。

 『おお、これは。』

風邪をこじらせかけてたよ、
もう少しで肺腑まで腫らしてしまうところ、
よく気がついたねと。
どれほど危篤だったかを一目で見抜き、
大せんせえが早速にも手当てに取り掛かっておいで。
そんな何でもなかろうところへよくぞ気がついたと、
改めてブルックさんまでもが褒めて差し上げれば、

 「う〜ん。俺のは、間違い探しだっただけだ。」

見回りってのは、何も諍いとか騒動とかを探すだけじゃあなくて。
日頃との微妙な違いこそ、
とんでもないことの切っ掛けになりかねねぇって。

 「同心のゲンゾウの旦那に言われつけてっからな。」

えへへぇっと、
わざわざ褒められるとこそばゆいと言わんばかりの
照れ臭そうなお顔になって、
鼻の下を横にした指の背でごしごし擦すって見せる純朴さよ。


  そしてそして……


そのご隠居さんトコは、
日頃は息子さん夫婦が
毎日のように様子見に運んでもおいでなのになぁと。
ブルックさんの淹れたおいしいお茶と
ウサギのかたちのじょうよ饅頭をいただきながら、
小首を傾げておいでの親分だったが。

 “お庭番さんは、どっきどきだったらしいですが。”

問題のご隠居さんが
代替わりをして息子に任せたとした、
大通りに面した一等地の大きな小間物のお店。
様子見にと若夫婦や店の者らが足を運べなかったのは、
店卸だと誤魔化して大戸を降ろしていたその店が、
実は流れ者の盗賊らによる押し込みで占拠されていたからだとか。

 『西方の藩からの手配があった、
  抜け荷を扱う闇の商人衆の手先らしいんだがな。』

そちらのお店に運ばれる荷の中へ、こそりと紛れ込ませたご禁制品。
ところが、
こちらの藩の港で回収してしまって、
世間には内緒のまんま……と運ぶはずが、
手違いがあってのこと、店まで運ばれてしまったもんだから。
何だこりゃ、覚えのないものが入ってるよ、
怪しいものじゃあないだろね奉行所へ届け出ようよと、
慌ておののく騒ぎになった中へ、
こうなっちゃあしようがないとばかり、
真の荷主、抜け荷の一味が押し込んだらしく。

 『……ま、そっちは難無く畳めたんだが。』

不意な地鳴りがして、店の基礎ごと大きく揺れた…という不意打ちに、
何だなんだ地震かと飛び出して来た顔触れがあった隙をつき、
入れ替わりで風のようにすべり込んだ謎の存在が、
人質に突き付けられてた刃を叩き落としての一件落着。
こそりと周囲に詰め掛けていた捕り方がなだれ込んで、
あっと言う間に全員をお縄にしたものの。
女将さんの言うには、
毎日欠かさなんだ先代の寮への様子見が二日ほど出来なんだ。
殊に、一昨日は急な冷え込みで震え上がった晩だったから、
肺腑の弱いお父っつぁんが難儀してないか心配でと、
おくるみの中、何にも知らぬままくうくう眠る乳飲み子を
ぎゅう抱きしめ、泣き出しそうになってた彼女だったのへ、

 『安心なさい。
  そちらは、町の人想いな親分さんが、
  ちゃんと気づいて療養所まで運んでったから。』

どこからもぐり込んだやら、黒髪の いなせな姐さんが、
縄つきの無法者らが何人も引っ立てられてゆく傍らだというのに、
にっこり微笑って告げてやり。
それを聞いて…女将さん以上に びびんっと背条が伸びた誰か様。
今日は珍しいことに、着流しに編み笠といういで立ちだったそのお人、
周囲の皆様からは、
通りすがりの浪人様かなぁと思われていたらしかったけれど。

 『今頃は療養所で診察を受けてるはずよ。』

奥様へのお言葉にしちゃあ、
ちろりんという流し目つきで、
誰か様へとの聞こえよがしな言いようをし。
ぎりりと睨みかかったお武家様へ、

 『あら、どうかなさいました?』

うふふんと微笑った強腰が、

 “目に浮かびそうですよねぇ。”

詳細まで聞かずとも、
あの女が余計なことを言いやがってよと、
此処へ駆けつけたそのまま、憤然としていた誰かさんだったところから、
そういった流れ、あっさり察しがつくほどに、
ブルックさんも伊達に波乱な人生を過ごしちゃあいないというもので。

 「………お。」
 「あれぇ? 坊さんだ。」

今は昼の休診の時間帯。
それでも一応はと大門も開いているし、大戸も半分開けていたところ、
ちょっとした御用で通りかかりましたというまんじゅう笠の御仁が、
框に座ってた親分さんと目があって、
おややぁなんて声を出す。

 あんなあんな、町のほうでご隠居さんが大変だったんだ、と

そりゃあ素直に自分の身に起きたことや耳目で拾ったこと、
語ってくださる親分なのへ。
自分だって今日は朝から忙しかったのに、それへは蓋をし、

 そっかぁ、親分さんみたいに目端の利くお人がいりゃあ、
 このご城下も安泰だねぇ、なんて。

全部を知ってる者には、慣れないことしちゃってまあと
微笑ましいことへの苦笑が絶えないことを言う。
実は野性味あふるるお武家のくせして、
寛容そうな笑みを絶やさぬことといい
お坊様という看板を何とか保とうと懸命なお庭番さんなのへ。

  ああ、いつか彼の正体がこの親分へも露見することがあったなら、
  わたしも頑張っていろいろ弁護してやらなきゃあなぁと。

大人なブルックさん、
何事も隠しようのない骨だけの身でありながら、
気持ちは別格ということで、
あくまでこそりと胸のうちにて呟いた。
冬もそろそろ終わろうという、暦の端境、
穏やかな昼下がりの一幕でありました。





   〜Fine〜  12.02.07.


  *春から縁起のいい話なんだかどうなんだか。
   豆まきに間に合わなかったのが口惜しいばかりです。(おいおい)


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